軽井沢~八ヶ岳を中心に、山荘や住宅建築を通して「森暮らし」を提案する建築設計事務所〈morinoie(モリノイエ)〉。訪れたのは、彼らの拠点のひとつ、長野・軽井沢の『白の家』。森暮らしへの思想が詰まったこの場所に、ごく自然にニーチェアエックスが佇んでいた。
視覚だけに頼らない、感性に寄り添う建築
「建築は、土地があってこそ存在するもので、私たちはその土地と建て主をつなぐ役割を担っています。気持ちよくバトンを渡して、その場所で心地よく暮らしてもらいたいからこそ、土地の特性をきちんと理解してもらうことが大切だと思っています。自然の中で暮らすということをしっかり受け止めてもらう、ということですね」と、〈morinoie〉の福岡 みほさんは言う。

〈morinoie〉は、五十嵐 さとしさんと福岡 みほさんが協働している建築設計事務所だ。五十嵐さんは「森暮らし」の素晴らしさ、そしてその生活様式の本質を追求し、言語化する建築編集者として、そして福岡さんは、その思想を建築だけにとどまらず、版画や日本画などのアート制作や生活の道具やプロダクトの提案を通して体現する建築家・美術家として、〈morinoie〉のブランドを体現している。

今回訪れたこの『白の家』は、〈morinoie〉の軽井沢の拠点で、中軽井沢の千ヶ滝西区という大正初期に拓かれた広大な別荘地の一角にある。ここを訪れる方々に、この家を通して〈morinoie〉の世界観を伝えるとともに、実際の森暮らしに触れてもらっている。

「初めてこの土地を見た時、樹木の豊かさに惹かれました。軽井沢は木で覆われて暗い土地も多いのですが、ここは小高い場所で明るく、そこに生えている白樺の木が印象的でした。それで、この白い樹皮に寄り添った色が浮かびました。自分の家だけではなく、その周辺環境との調和を考えることは、ごく自然な行為です」

自然との調和を大切にした家づくりは、外からだけでなく家の中にいても表現されていた。2軒先の庭までを借景にするための出窓や、向かいの家の外壁が視界に入らないように低く設計された窓のおかげで、この家の窓の向こう側には、さまざまな木々や山並み、空が広がっている。これが「森暮らし」なのかと感じたが、〈morinoie〉が大切にしていることはもっと深いところにあった。

「目で見て『かっこいい』とか、今どきだと『SNS映えする』とか、そういう視覚で感知するよさは、もちろんあるとは思います。全面ガラス張りの大きな窓は、見た目には素敵。でも、ちょっと落ち着かないし、夜になるとこのあたりは真っ暗でとても静かになるので、逆に大きな窓の存在は怖くなってくるんです。だから、もっと自然に対してのリスペクトや近隣に対しての配慮を醸成させて、視覚以外のものに価値を置いてものを作り出すことを大切にしたい。たとえば、カシミヤの気持ちいいセーターを纏うような、そういう身体感覚に近い建築。目を瞑っていても、触れるだけで気持ちいいというような、居心地のよさを大事にしています。そして、風景の中でも、室内のしつらえの中でも、違和感のない”暮らしの背景”を作ることができたら、暮らしはもっと豊かになりますし、そういうものが、次の時代にも残っていくと思うんです」

morinoieがニーチェアエックスを選ぶ理由
〈morinoie〉の建築に触れ、福岡さんの言葉を聞くごとに、ニーチェアエックスの思想に重なっていく。デザイナーの新居 猛が追求した時代や環境に左右されないデザイン、そして包みこまれるような座り心地。あらゆるインテリアやシーンに馴染むけれど、この『白の家』にはあたりまえにあるように感じられるのは、そういうことなのかもしれない。福岡さんが選んだのはホワイトのニーチェアエックスとオットマン。ここだけでなく、東京と京都のアトリエ、それぞれの自宅でも愛用しており、彼らが手がける山荘にも、施主の意向で導入することが多いのだとか。

「山荘だとそんなに広い空間ではない場合も多いので、ニーチェアエックスのように気楽に運べて、使わないときに畳める椅子は、すごく理にかなっていると思います。永く使えるものを持ちたいと思っているので、メンテナンス性は大事です。だから、生地の張り替えができる点や、肘掛けは木製だから傷がついても削ればいいという点はすごくいいですよね。あとは、単純な素材で作られているというところも気に入っています。私たちは建築だけでなく、家具やカトラリーひとつを選ぶこともあるのですが、選ぶ基準は、素材が単純で永く持つもの。そういった考えも、ニーチェアエックスに通じていると思います」

『白の家』では、リビングに座って読書をしたり、テラスのデッキに持ち出して、外の風景を眺めたり、くつろぎの時間を楽しんでいる。福岡さんの東京の自宅では、ニーチェアエックスが彼女の日課である瞑想の場所になっているのだそう。
「朝か夕方のどちらかは必ず、瞑想の時間をとるようにしています。何も考えない時間を作る練習をしているという感じですね。この背もたれの角度はほどよくリラックスでき、瞑想をするときにちょうどいいんです」

生きるうえで大切なバランス感覚を養う
「都会暮らし」と「森暮らし
ここ軽井沢と東京そして、京都のアトリエ。プロジェクトによって都会と森を行き来している〈morinoie〉の日々は忙しい。でも、複数の拠点があるからこそ得る、生きるうえで大切にしたいバランス感覚があると言う。

「私たちは『都会暮らし』と『森暮らし』を提唱しています。軽井沢は東京駅から新幹線で1時間。それはたとえば、銀座の歌舞伎座で最終回を観て、そのあとちょっと食事をしてもその日中に軽井沢に帰ることができる距離です。都会で文化や芸術を受け取ってさまざまなことを感じ、そしてまた自然に戻り暗闇の中で眠る。その往復の中で、私たちの暮らしの輪郭が少しずつ整っていくのだと思います」

東京と軽井沢に関わらず、「都会暮らし」から「森暮らし」に拠点を移す人も、その両方を行き来する2拠点生活を送る人も、近年増えている。そこにはそれぞれの魅力とともにある種の厳しさもあり、そして、突き詰めるところ、やはり自然には抗えないと福岡さんは教えてくれた。
「都会暮らしでは、むやみに人に話しかけられなかったり、誰かに見られているのではないかと感じてしまったり、人間との距離に不安や怖さを感じることがあります。森暮らしにおいて向き合うのは、何よりも自然です。倒木もあるし、思い通りにならないことも多い。自然の中で暮らすというのはそういうこと。おおらかに受け止めながら、暮らしていくしかないんです。でも、建築をやっているとやはり、良くも悪くも自然にはかなわないと感じます。木の幹1本、葉っぱ1枚にしても、結局のところ、あらゆる美しさは自然のなかにあるんです。表層的な勉強も必要ですが、自然の中でしか得られない学びがあると感じられることが、ほんとうにありがたいなと思うんです。そんな自然から場所をお借りして、生かされているというリスペクトと謙虚さをもって、足ることのかたちを設計することを心がけています」

「都会暮らし」と「森暮らし」。ともすると贅沢な選択と捉えられるかもしれないが、現代の私たちに必要最低限の生活様式という観点でその本質をたどると、むしろ軽やかに叶う暮らしのひとつなのかもしれない。どんな人のどんな暮らしにもニーチェアエックスが似合うのと同じように、私たちの生き方にはさまざまな選択肢があっていい。そんなことを〈morinoie〉が優しく手を差し伸べ、教えてくれた。
