日々の暮らし

ニーチェアエックスの
ある風景

奈良・三条通「SUN DAYS PARK」
アドバイザー
藤岡俊平さん

JR奈良駅から春日大社へと続く商店街、三条通ショッピングモールで奈良市との共催で行われた「SUN DAYS PARK」プロジェクト。

毎週日曜日の歩行者天国の時間帯にオープンテラスを活用し、コロナ禍において“密”を避けながらくつろげる空間を作る取り組みで、歩道に敷かれた人工芝の上に並べられたさまざまなファニチャーとともにニーチェアエックスをご活用いただきました。

そこで同プロジェクトのアドバイザーである藤岡俊平さんを訪ね、イベントの手応えやウィズコロナの観光、街づくりについてお話を伺いました。

三条通の道沿いに並べられたニーチェアエックス

“商店街と人をつないだ「椅子」というコミュニケーションツール”

「このプロジェクトはコロナ禍で苦しい状況に立っている飲食店などを支援するために、国による道路占用の許可基準緩和制度を利用して行っています。これまでにも奈良市では市役所の若手職員を中心に、公園などの公共空間の活用に取り組まれていて僕もそこに携わっていたんです。今年はコロナでイベントもなくなってしまって、それならば商店街の方々と一緒にやってみようと立ち上がったのがはじまりです」。

プロジェクトを進行していく上で、まずチームメンバーたちが課題に感じたのは、賑わいをけん引していたインバウンドが消えた商店街と地域住民との心理的な距離感だったそう。「三条通りは市街地の中心部を通る商店街ということもあり、ここ数年は観光に来られる海外のお客さんに意識が寄ってしまっていたんです。それに、この通りはもともと日曜は歩行者専用通路として開放されていたのですが全く認知も活用もされていませんでした。地域の皆さんにとってはJRと近鉄の2つの駅を繋ぐ通路として行き来するだけの「道」になってしまっていたんです。そんな商店街の役割を「道」から「広場」に変えることはできないかという考えから “日曜日の新しい商店街を作る” というキャッチフレーズが生まれました」。

そして商店街に設置されたのが人工芝のマット、そしてローテーブルやハンモック、ビーズソファといったファニチャーの数々。「もちろん商店街の方々にとっては売上も大事ですが、直接的な売上を目指す取り組みではなく、この商店街に来られる人たちにとって「心地の良い場所」になることを考えました。誰でも自由に使える場を提供することで、辺りを見て知ってもらうきっかけが生まれる。『こんないい場所があるんだ』という気付きから『ちょっとご飯でも食べていこうかな』といった感じで、少しずつ商店街に人とお金が循環するような形になればいいなと思っています。実際、僕自身もこの取り組みを始めて知らない店がたくさんあることに気が付きました」。

「SUN DAYS PARK」のアドバイザーを務める藤岡俊平さん

この日は、プロジェクトの始動から6回目の日曜日。天候にも恵まれ、テーブルでは商店街のお店でテイクアウトしたお昼を味わう家族連れや、本を片手にくつろぐ人まで、思い思いのひとときを楽しむ姿が見られました。「皆さん、初めのうちは街中に座るということだけでも珍しい体験なので、少しクッションに座って、次はハンモックに行ってみて、といった感じでした。それもそのはずで突然、道に椅子が出てきて『自由に使って下さい』と言われても戸惑いますよね(笑)。それが翌週には『ここで読書をしよう、ご飯もここで食べよう』と、また来て下さる人が増えてきて。ハードルが高いかなと思っていたけれど、楽しんでくれています」。

設置した椅子によって座った人の過ごし方に違いが見えるなど、興味深い発見も。「ハンモックはやっぱり、ゆらゆらと揺れる感覚を楽しんでいるみたいです。家にハンモックがあるという人は少ないだろうし、どこか非日常的なイメージがあるのでしょうか。一方で、ニーチェアエックスは『ここでゆっくり時間を過ごす』という気持ちで、先ほどの読書もそうですし、座りながら何かをされている方がすごく多いですね。それに運営側としては、椅子と椅子の間に程よく距離が保てるのでコロナ禍のイベントにもちょうど良かったです」。

いつもとは違った視点から街の風景を楽しむ地域の方々

“「住みたい」町家を残すための、魅力的な街づくり”

藤岡さんとニーチェアエックスの出会いは、伝統的な町家や古民家の設計を中心に行う設計事務所を営むお父さんがきっかけ。「家を建てるたびに、お施主さんに贈っていましたね。畳でも板の間でも使えるのが、すごく便利なので。『使う時だけ出して、使わない時はしまえるのが良い』と、父はよく言っていました。実家にも何脚かあって、僕が高校生くらいのときから気が付けば側にあった存在です。大学に入って一人暮らしをした時にも持って行って、ニーチェアエックスに合わせてテーブルを作って、ずっとそこに座って生活していました」。

大学では建築を学んでいた藤岡さん。卒業後は東京の工務店勤めを経てお父さんの設計事務所に入社し、現在は町家に関心がある人への入り口として一棟貸の宿泊施設「紀寺の家」の運営もされています。「僕は町家で生まれ育ったのですが、奈良に戻ってから近所の町家が1ヶ月に1件くらいのペースでなくなっていて。今でも変わらず、すごい勢いでどんどん潰されているんです。そもそも町家は不動産の物件情報には載らないことが多くて、いざ内見してみても柱や天井が崩れていたり、雨漏りがしていたり、一般の人からしたら直せると思えるような町家は残っていない。そんな状況で本当にここに住みたいか?と聞かれても不安ですし、諦めてしまいますよね。だから僕たちは古い町家でもこんな暮らしができるんですよ、ということを体験してもらうために『紀寺の家』を始めたんです」。

約100年前に建てられた町家を改装した一棟貸の宿泊施設「紀寺の家」

「町家、古民家を残していくのが僕のライフワーク。残すと言っても保存するのではなくて、ちゃんと住み続ける、使っていくための活動をやっていきたいんです」と藤岡さん。町家暮らしの一番の魅力を聞いてみると「外と中が常に繋がっている感じがあるんです。高気密、高断熱で省エネルギーなのが今の建物だとすると、町家はその逆で低気密、低断熱。だから夏は暑くて冬は寒いなんて言われるけれど、それが逆に良いところでもあって。まずコロナ禍においては、わざわざ機械を使って換気しなくても町家では常に空気が入れ替わります(笑)。それに雨が降ってくると雨音がして、雨の香りまでする。強い風が吹けばカタカタと建具の音が知らせてくれる。その土地で暮らしている、という感覚がちゃんと分かるんです。自然の中で人間は暮らしているんだということが実感できるのが町家の良いところですね」。

「紀寺の家」のオープンから今年で9年。町家での暮らしを発信してきた藤岡さんですが、ここ数年は「『町家に住む』ための提案も大切だけれど、ある時から『ここに住みたい』と思う最終的な決め手になるのは周りの環境、つまり“街”の魅力なんじゃないか」と考えるようになったとか。「寝ている時間を除くと、家の中にいる時間と外にいる時間を比べれば、外にいる時間の方が長いですからね。奈良の旧市街地は、北は般若寺、南は京終。東は春日大社のある高畑町から、西はこの三条通りまで。古い町家がたくさん残っていて、商店街や旅館が並んでいる。そういう風景を見て『この街が素敵だから移り住みたい』と言ってくれる人たちがたくさんいるんです。なので、僕の中では町家を残していくというライフワークのために街づくりに取り組むという感覚でした」。

そんな藤岡さんが初めて街づくりに関わったのが「紀寺の家」の最寄り駅である京終(きょうばて)駅という無人駅の改修プロジェクト。「駅舎の中にカフェを作りました。そこを街づくりの拠点として、自分たちが『ここにあったらいいな』と思うお店を自分たちで作れるような場所も設けました。2年程前に、みんなで野菜を仕入れて八百屋をやったときには、近所では見かけない珍しい野菜をきっかけにお客さんと会話が生まれたり。お店という“場”を通じてモノとお金の交換以上の何かが生まれることを、そこで感じましたね。そんな魅力的なお店があったら、街はどんどん変わっていくんじゃないかと思います。じつは今年の2月にも、1日から借りられる実験店舗を始動する予定だったのですが、コロナの影響で止まってしまっていて。再開に向けて、お店をされている先輩や起業家支援をしている方にアドバイザーとして入ってもらいながらお店をやるための事業計画を考える「お店づくりスクール」も企画しているんですよ」。

京終駅舎のカフェ「ハテノミドリ」

“地域の「日常」がつくるこれからの「観光」”

ここまでに紹介してきたように、奈良の街を魅力的にするべくさまざまな取り組みに携わってこられた藤岡さん。街づくりの第一歩は「自分たちのやっていることが楽しみになること」だと言います。「地元の人が食べてない名物は名物と呼べないように、観光客のために特別なことをしなくても、そこに暮らす人たちが楽しめる場所があれば、それだけで十分な観光資源になると思うんです。観光は本来、その土地の歴史であったり、文化を見たり感じたりしたいから来るのであって、奈良に住む人たちの生活が奈良らしさになるはず。『SUN DAYS PARK』の取り組みも、こうやって商店街で過ごす人たちの光景がひとつの街の魅力になればいいなと思っています」。

「SUN DAYS PARK」は、10月18日のスタートから11月の毎週日曜全7回に渡って開催され、今後も取り組みを継続させていくことが検討されています。「このプロジェクトを“イベント”で終わらせずに“日常”にしたいです。今後に向けて、商店街とクルー(ボランティア)によるチームで力を合わせながら、毎週は無理でも月1回とかでやっていけるように。クルーの中にはもう5回くらい手伝いに来てくれていて、僕たちよりも良く分かっている人も出てきています。そういう子に継続してやってもらえるような土台を作るのが、現時点での目標です」。

「街のこれからをみんなで考える街づくりができたら」と藤岡さん

プロジェクトにはこの日までに、奈良をはじめ京都、大阪などから約50名のボランティアが集まりました。「商店街の人たちも『そんなに手伝いに来てくれたの?』と驚いていました。“日曜日の新しい商店街を作る”というキャッチフレーズに共感して、一緒になったやりたいと思ってくれるプレーヤーがどんどん増えてきています。皆で街を一緒に作っていくという感覚がモチベーションになると、明らかに表情が生き生きとしてくるんですよね」と、手応えを感じる藤岡さん。

「コロナをきっかけに生活様式がガラッと変わって、これから先も何が起こるか見えない中で、街にとって何が一番良いかということは誰にも分かりません。でも、街づくりには誰でも関われるということ。それぞれが自分の得意分野を活かしながら、街のことを考えて挑戦することができたら、それだけでこの街の未来は明るいと思います」。

Shunpei Fujioka

1982年生まれ。奈良市出身。 神戸芸術工科大学芸術工学部環境デザイン学科卒業。 2005年〜2009年 水澤工務店勤務。 2010年 父・藤岡龍介が主宰する藤岡建築研究室に入社。 2011年 町家一棟貸し宿泊施設「紀寺の家」を設立。 日本の伝統的な木造建築物を未来へと引き継ぐ活動を行う。 2017年 NPO KYOBATE 理事として、紀寺の家の最寄り駅である京終駅を中心としたまちづくり団体、 特定非営利活動法人京終(NPO KYOBATE)を仲間と設立。音楽イベント「結び音」やお店づくりの活動「実験店舗プロジェクト」を担当する。 2018年 松屋銀座7階にて常設店NARA TEIBANを 奈良のブランド約20社と共同運営で開業。 2019年より奈良市の若手部署横断チーム「しばいく」のアドバイザーとして、 新しい公共空間あり方を考え社会実験として 「まちの食卓」「SUN DAYS PARK」などに取り組む。

春日表参道「SUN DAYS PARK」 www.youtube.com/watch?v=awOxPDpQciA