今年6月、北欧デザインの中心地・デンマークのコペンハーゲンで開催されたデザインの祭典「3daysofdesign」。 今や世界中のデザイナー、建築家、バイヤー、ジャーナリストが集うこのイベントは、年々その規模と熱気を増し、世界屈指のデザインプラットフォームへと進化。歴史的建築やショールーム、ギャラリーが会場として開放され、訪れる人々は街を巡りながら最新のプロダクトや空間、そしてその背景にある思想に触れることができます。
美しい街並みを舞台に、クラシックとコンテンポラリーが交差するコペンハーゲンで過ごす3日間は、まさに“デザインの現在地”と“未来の兆し”を体感する特別な時間。今年は延べ6万人程の来場者で賑わっていました。
昨年に続き、「ニーチェアエックス」も出展し、多くの来場者からご好評を頂きました。今回は、そんな注目のイベントから、特に印象に残ったブランドやプロジェクトをご紹介します。
「Nychair X(ニーチェアエックス)」
今回の「3daysofdesign」では、昨年に続き、コペンハーゲン・Frederiksgade1の歴史的建築の一角に出展。木製のオイル仕上げの肘掛けに穏やかでインテリアに馴染みやすいシート生地を合わせた新作「ニーチェアエックス オイルフィニッシュ」を披露しました。

今回の展示では、実際に座って体感していただくことを目的に空間を構成しました。Photo : Maya Matsuura
会場では、メイド・イン・ジャパンブランドとして、ニーチェアエックスの魅力をより深く感じていただけるよう、日本で長きに渡り継承される伝統素材、唐紙や真麻の暖簾などの美しい素材を空間に用い、現代アーティストのオブジェやもてなしの設えを日本製の良質な品々で揃えました。
特に唐紙は、伝統的な和紙の表面に極薄の銀箔を貼り付けたもので、日本の美術や工芸、建築装飾の世界で長年愛用されてきた装飾素材。日本のクラフトマンシップと美意識が静かに息づいている──どこか禅的な美しさを湛えた空間は、訪れた人々に深い印象を残していました。
会期中は、多くのご来場者が自然と足を止め、椅子に腰を掛け、その心地良さをゆっくりと体感いただくことができました。移り変わる時代の中でも変わらぬ佇まいと、誠実なものづくり。そんなニーチェアエックスが大切にしてきた姿勢が、訪れた方々の記憶に静かに刻まれていくことを願っています。

「Danish Art Workshops」
コペンハーゲンの港沿い、旧造船所跡地に広がる静かで広大な環境で開催されていたのは、デンマーク最大規模の制作レジデンス「SVFK(Statens Værksteder for Kunst/ Danish Art Workshops)」による展示「Selected Projects」。

SVFKとは、デンマーク文化省の管轄下にある制作支援施設。国内外のプロフェッショナルなアーティストやデザイナーに対して、木工・金属・陶芸・テキスタイル・写真・ITなど、多様な技法に対応した9つのスタジオを備え、熟練のクラフトマンによる技術支援も提供しています。
今回の展示構成は、テキスタイル/空間デザイナーのマーグレーテ・オドガードと建築家、ラスムス・ベッケルが担当。彼らは古代から人類が用いてきた赤褐色の鉱物「ヘマタイト」をテーマに、プリミティブな空間を構築。壁面や什器にはヘマタイトの赤褐色が施され、遠い昔の洞窟壁画を思わせるような演出が印象的でした。
展示作品はSVFKで生まれたプロジェクトの中から、「素材感」「独自性」「持続可能性」を基軸に選ばれた家具やオブジェが並び、完成品のみならず、創作の過程そのものに光を当てるワークショップも併せて開催されていました。創造の現場として、無限大の可能性を秘めた場所であり、大量生産でもアートでもない “作ること”の本質を問う展示からは、デンマークのデザイン文化の奥深さを改めて感じられたひとときでした。

3日間をかけ、編み上げられ変容していく様をインスタレーションに展示していた。

「TEKLA」
コペンハーゲンを拠点に、2017年にチャーリー・ヘディンによって設立されたTEKLAは、北欧のミニマリズムと自然観に根ざしたホームテキスタイルブランド。「本当に必要で、美しく、長く使えるテキスタイルを」というテーマのもと、ベッドリネン、バスローブ、タオル、パジャマなど、ベーシックながら洗練された高品質な製品は、近年日本でも高い支持を集めています。

この会場はデンマーク王立美術アカデミーの拠点であり、現代アートの展示も行う文化発信の場として親しまれている。
今回、コペンハーゲン中心部の歴史的建築・Charlottenborg Palaceで発表されたのは、「Modern Romance」と題された新作コレクション「Broderie Anglaise(ブロデリー・アングレーズ)」。
東欧発祥の伝統的な刺繍技法を参考に、英国風のレースの縁取りを3種あしらった、ロマンティックなベッドリネンシリーズ。ピローからデュベカバーまでシリーズで揃えることで、寝室に統一感と気品が生まれ、空間の印象をがらりと変える斬新なコレクションに。
これまでモダンな製品の多かったTEKLAが、単なるクラシックへの回帰ではない、伝統的な装飾を再解釈したことで、多くの来場者がハッとするような新鮮な感覚に包まれている様子が印象的でした。
歴史的建築の広大な空間に、ウォールナットの素朴なベッドとともに柔らかな光を纏いながら静かに佇むその姿は、現代における新たな「上質さ」の在り方を示しているよう。TEKLAがこれから描こうとする、未来の暮らし方を予感させる展示でした。

「&Tradition」
2010年にコペンハーゲンで創業した&Traditionは、デンマークデザインの過去と未来を橋渡しする存在。アルネ・ヤコブセンやヴァーナー・パントンなど、北欧のデザイン史を築いた巨匠たちの名作を丹念に復刻・再解釈する一方で、同時に現代を代表するデザイナーとの協業を通じて、次世代のスタンダートとなるプロダクトやカルチャーを生み出しています。
今回の展示は「The Living Archive」と題した、リビング空間におけるさまざまな可能性の提案。オープンな空間構成の中で、物語を秘めたオブジェや、時とともに味わいを増す素材、静かな暮らしの所作を丁寧に紐解いていました。

「The Library」と名付けられた一室には、&Traditionにゆかりのあるデザイナーやクリエイターたちが選んだ書籍やオブジェ、資料が収められ、家具が単なる収納としてではなく、“記憶の器”として機能することを提案。

ロンドンを拠点とする〈Industrial Facility〉による新作シェルフ「Rombe」シリーズに、
&Traditionにゆかりのあるクリエイターたちが選んだ書籍やオブジェが並ぶ。
その他メイン会場となるショールームに加え、新たにオープンしたホテル「Petra」と併設されたバー兼レストランも初披露。&Traditionが掲げる“継承と革新”というビジョンが、多角的に触れられる場所として、今回のイベントの中でも話題を集めていました。コペンハーゲンの街の喧騒のなかに、&Traditionの静けさと哲学が息づくこの空間は、常設されるため今後も訪問可能。新たなランドマークとして、1度は訪れる価値のある場所になりそうです。

ほぼ全ての製品が&Traditionのインテリアやオブジェで構成されている。

宿泊客はもちろん、一般でも利用可能。
<番外編・OTHER CIRCLE>
3daysofdesignと時期を同じくして開催され、大きな話題を集めたもう一つのイベントが、今年新たに始動したプロジェクト「other circle」。
街の中心から少し離れた工業用スタジオ兼生産スペース「The Lab」を舞台に、新進気鋭のアーティストやブランドが“創造的な集合体=コミュニティ”として集結し、クロスジャンルにデザインのトレンドが行き交うハブ的な場として機能。3daysofdesignが主にブランドやショールームを軸に展開されるのに対し、other circleではアート、デザイン、音楽、食、ファッションといった多様な領域が有機的に融合し、より実験的で自由な精神に満ちた空間が生まれていました。そこには、伝統と革新の両方に敬意を払いながらも、今という時代を柔軟に捉え直す、コペンハーゲンらしい姿勢が色濃く表れていたように感じます。


柑橘の香る辛味調味料など発酵食品を並べ、料理とデザインの交差点を提示した。

世界中のクリエイティブな都市の中でも、今とりわけ注目を集めているコペンハーゲン。その魅力の根底には、過去の知恵や技術に敬意を持ち、真摯に向き合いながらも、常に新しい表現や価値観を模索し続ける姿勢があるように思います。そして、そんな街の空気を思い起こさせるのが、ニーチェアエックスのような存在。時代が移ろっても色褪せず、今の暮らしにしなやかに馴染みながら、確かな哲学と心地よさを宿す椅子。その佇まいは、伝統と革新に寄り添いながら、これからの暮らしにも、静かに寄与していくことでしょう。古き良きものと新たな潮流が共鳴するこの数日間の体験は、私たちにとって“これからの暮らしのあり方”を改めて考える機会になりました。