雪がちらつきはじめた、12月の長野県軽井沢。ウィンターリゾートを楽しむ観光客の賑わいを抜けて向かった先は、閑静な森の中にあるスタイリスト・伊藤まさこさんの「山荘」。昨年完成したばかりのこの家で穏やかに過ごす時間の中にも、ニーチェアエックスが寄り添っていた。

“好きなものだけを集めた、夏を過ごす家”
「“美しく整った空間の中に自分の好きなものを置きたい”と思ったのが、この家を作った一番の理由。10年の間に2軒のヴィンテージマンションをリノベーションしてきたものの、賃貸だと自分ではどうにもできない限界がありました。そこで、1から自分で改装を手がけたいな、と思ったんです」と語る伊藤 まさこさん。

暑い東京の夏を避けるためにと作ったのがこの山荘。軽井沢の別荘地に建つ一軒家を、一度スケルトンにしてフルリノベーションをおこなった。玄関を抜けるとすぐに広がるキッチンと大きな窓のリビング、その横のスキップフロアの先にはツインのベッドルームがある。フロアとキッチンカウンターはブラック、壁はホワイトに統一され、最小限の家具と調度品が置かれており、ミニマルでモダンな世界観でありながら、さりげなく飾られたクラフトと窓の外の風景がインテリアにやさしさを添えている。そして部屋の随所に、伊藤さんのきめ細やかなこだわりが詰まっている。

「コンセントやスウィッチは見えないところに設置しています。近くに温泉があるから湯船は作らずシャワーだけ。床面積が58平米と小さいのでダイニングテーブルは置かずに、食事はキッチンカウンターで食べることに。友人たちは私がここで料理をすると思っていたようですが、あくまで休暇のための家なのでのんびりしたいということと、軽井沢にはおいしい店もたくさんあるので、そこをダイニング代わりと考えています。それ以外にも、窓の外の景色を楽しみたいからカーテンはいらないとか、埃が溜まりやすいから巾木はつけないとか。この家で必要なものとそうでないものを徹底的に考え建築士さんに伝えました。理想はホテルみたいな空間。なので、私物は極力置かず、ここで残った食材や洗濯物もすべて持ち帰ることにしています」


確かにコンセントの差し込み口は見当たらないし、巾木(壁と床の境目に取り付ける部材)もない。バスルームもコンパクトなシャワーブースのみ。スイッチや水栓金具など気に入ったものは自ら取り寄せ、気に入ったものがなかったら自分でデザインする。薪ストーブやストーブのアクセサリーもオリジナル。「常々いらないなと思っていた」と言って、ベッドはヘッドボードがないものを作ってもらったという。まさに家づくりの醍醐味だが、無駄のない美しさへのこだわりには脱帽。「建築士さんと大工さんと私の3人で、ああでもないこうでもないと試行錯誤を重ねながら作りました」と、完成して約半年。日々愛着が増しているというこの家の一角に、ニーチェアエックスが佇んでいた。

“「引き算」された空間にも馴染む、ニーチェアエックス”
ベッドルームの片隅に置かれたグレーのニーチェアエックス。ファブリックは「グレーが好き」ということから即決し、その触り心地のよさからオイルフィニッシュの肘かけを選んだ。窓から入る陽の光を追いかけながらニーチェアエックスを移動して本を読むのだそう。オットマンは、薪ストーブに薪をくべる際のローチェアとしても重宝しているのだとか。引き算されたこのミニマルな空間にも、ニーチェアエックスは必要なものとして、マッチしている。

「家具をあまり置きたくなかったので、ニーチェアエックスがちょうどいいなと思ったんです。コンパクトになるし折り畳んだ姿もきれい。何より座り心地がいいですよね。あと、シルバーの脚がモダンで、この山荘の雰囲気に合うと思って」
「何脚あるかわからない」というほどの椅子好きの伊藤さん。ニーチェアエックスを選んだきっかけには、取材に行った先で自由な使い方を見たから。
「様々な国のものがうまくミックスされたインテリアのお宅に取材に行った時のこと。洗面所の脇にオットマンが畳んで置いてあって、すごくいいなと思ったんです。しかもご両親が大切に使っていたものなんですって。その話を聞いて、実家でも使っていたことを思い出したんです。この家が建てられたのは1970年。ニーチェアエックスと同じ生まれだということを知って、縁を感じ、さらに置きたい気持ちが高まりました」
現在東京の家でもニーチェアエックスを愛用しており、どちらの家でも、くつろぐ場所として同じように使っているのだそう。

「この家でも東京の家でも、読書をしたりのんびりしたい時にはニーチェアエックスに座っています。ここにはベッドやソファなど、くつろげる場所がいくつかありますが、ニーチェアエックスは気軽に好きな場所に移動できるのがいいですよね」
“スタイリストの仕事にもつながる、子ども時代の椅子への記憶”
「私が子どもの頃、父がブルーのニーチェアエックスを買ってきて。今もあるか母に聞いてみたら、建て替えの時にどなたかに譲ったのかも……と」と伊藤さん。 残念ながら当時のニーチェアエックスはもう手元にはないものの、心に残りつづける思い出が確かにそこにはあった。そして今、手元あるもっとも長く愛着を持って使っているものとして、伊藤さんは一脚の椅子を紹介してくれた。

「これは私が生まれて初めて買ってもらった、自分専用の椅子。 50年ぐらい経っていますが、もう何年もの間、実家の屋根裏部屋に眠っていたんです。母が捨ててしまおうかしらというので、譲り受け、座面と背もたれ部分を好みの布に張り替え、この山荘に持ってきました。当時この椅子を買いに行った時のこと、すごく覚えてるんですよ。歳の離れた姉たちはもう大きくて、私だけ子どもの椅子に座っていましたが、『みんなとお揃いの椅子を買いに行こう』と父が言ってくれて、車の後部座席に乗せて帰ってきたんです。この時の嬉しい気持ちや、ニーチェアエックスが置かれた子ども部屋の佇まいの記憶が、今の仕事につながっているのかもしれません」

そう言って、子どもの頃から持つ椅子への愛着を、スタイリストという自身の活動の原点と重ねる伊藤さん。世の中にある素敵なモノを見極める目はもちろん、ひとつひとつのモノへの愛着は、スタイリストという枠を超えて、現在では企業やブランドの商品開発やプロデュースなど幅広い活動につながっている。この家にも彼女が作ってきたアイテムが散りばめられている。「weeksdays(ウィークスデイズ)」もそのひとつで、2月27日には伊藤さんが愛用しているオイルフィニッシュのニーチェアエックスも発売予定だ。

「15年くらい前から、自分でセレクトしたものを売る店ができないかなと思っていたんです。そしてできることならコンテンツを充実させたウェブショップという形態でやってみたい。そんな想いを糸井(重里)さんに相談したら『やってみたらどう?』と言ってくださって。そうやってweeksdaysがはじまって今年の7月で7年になります。この山荘でも使っている『小ひきだし』は古道具から着想を得たもので、weeksdaysでも人気商品なんですよ。ほかにも陶芸家の内田鋼一さんと作った器や、ウッドバスケット、タオル、ハンドソープなど、自分が欲しいものを作っています。そしてそれらが集まったのがこの家。ゆくゆくは家と家の中のものをデザインして、丸ごと売る、というのが夢なんです」
いらないものをとことん削ぎ落とし、本当に必要なものや好きなものを自身の経験とセンスで選ぶ伊藤さん。その視点は一見ストイックともとられそうだが、とにかく彼女は常にフレッシュでたのしげだ。今は近所に空き物件が出てその家が気になっているとのこと、興味へのアンテナを張り巡らせることには余念がない。

「あ、だんだん光が変わってきた」と、会話の途中にふっと窓の方に目を向ける。忙しい日々の中でも、この家だからこそ見られる景色や感じられることが、また彼女のさまざまなインスピレーションとなるのだろう。