シンプルで機能的、そして自然との調和。それぞれの文化を大切にしながらも、日本とデンマークのデザインにはさまざまな共通項がある。ニーチェアエックスもそんな思想が込められたプロダクトのひとつであるということを、今回デンマークを訪れ、そこで出会った建築や暮らしを通して体感した。初めて訪れた土地にもすんなり馴染むその風景は、日本とデンマークのデザイナーや建築家たちが互いに影響し合ってきたことを証明していた。
展示空間で演出した、日本×デンマークの美学の融合
ここ数年でさらに注目度が高まっている、デンマーク・コペンハーゲン発のデザインイベント「3daysofdesign」。11年目となる今年6月、ニーチェアエックスは同イベントに初出展し、全シリーズおよび「Nychair X Limited Edition 2024」を欧州で初披露した。
会場となった場所はコペンハーゲンの中心部にある『Frederiksgade 1』。1880年代末に建てられた歴史ある建造物で、5フロアにわたってショールーム・ギャラリー・スタジオ を擁した由緒あるデザインハウスだ。今年はニーチェアエックスを含む43ブランドが同会場に出展し、連日多くのデザインファンや関係者で賑わいを見せた。
ニーチェアエックスのプロダクトはもちろんだが、今回の展示構成も見どころのひとつ。手がけたのはデンマークと日本の文化・美学に影響を受けた建築家Jens Martin Suzuki-Højrup[Det Levende Hus]さんと日本とデンマークにルーツを持つニーチェアエックス Shikiriのデザイナー河東 梨香 [tona LLC.]さん。彼らの協働によって、自然の色や香りを取り入れ、ニーチェアエックスと自然との融合が感じられる魅力的な空間が完成。そしてここで使用したバイオベースの材料は、会期後展示を解体したあともデンマークの建築に再利用されることが決まっており、環境建築を実践するJensさんの提案によってデザインだけでなく、社会や環境を配慮する現代的な思想の融合も実現した。
デザインと建築。影響し合う、日本とデンマーク
盛況に終わった3daysofdesignの3日間を後に、Jensさん、河東さんとともに電車で約1時間、コペンハーゲンの郊外へ。駅から車で15分ほどすると、だんだん視界が空と緑のみで埋め尽くされていったその先に、ひっそりと佇む一軒家。夫婦2人で暮らすこの家が、Jensさんが手がけた環境建築住宅だ。90パーセントが天然資源由来の建材で、シンプルな構造で修繕もしやすい。そして一般住宅と比べてCO2の排出の大幅な削減を実現させたこの住宅は、現代における革新的な建築として注目を浴びている。そして外装、内装デザインはともに、日本から大きな影響を受けているのだそう。
「縁側や障子、踏み石など、日本の建築やデザインのアプローチに多大な影響を受けており、実際の建築にも採用しています。デンマークの家は大きく、暮らす家族が増えるほどにただ広くなり、部屋が増えていきますが、日本の住宅は狭いながらもその小さなスペースを活かすためのさまざまな機能に重点が置かれています。スペースが広いと同じ家にいても家族の間に距離が生まれますが、小さいとお互いを気遣い尊重する心が生まれる。そしてその限られたスペースを活かすための解決策を見つけるために、より創造的になる。私はそんな暮らし方を日本の建築から学び、それを自分の建築でも実現したいと思ったのです。例えば日本のふすまに代表される引き戸もそのひとつ。押し戸よりも省スペースで、部屋と部屋を完全に仕切らずにつながりを持たせられるという機能がある。そんなふうに、小さいスペースで一緒に居心地良く暮らすことをこの家では重視しました」
Jensさんの言葉の通り、この家には仕切りが少ない。広々としたリビングダイニングをメインルームに、別室はベッドルームとバスルームのみというシンプルな平屋づくり。全方角にある窓から広大な農地と空を見渡せる開放的な空間で、さらには日本家屋では古くからおなじみの「縁側」の存在が、よりいっそう外と中をシームレスにつなぐ役割を果たしている。それはまさに日本の伝統建築「しきり」をモチーフに、水墨画や北欧の風景を思わせる色彩で表現したニーチェアエックス Shikiriのコンセプトに共鳴する世界観だ。Jensさんの思想同様、テキスタイル&インテリアデザイナーの河東さんによって異なる文化の融合が表現されたニーチェアエックス Shikiriがこの家に馴染んでいる様は、当然といっていいのかもしれない。
河東さんがニーチェアエックス Shikiriのデザインコンセプトを振り返る。特に、色の選定や組み合わせについては、彼女が実際に体験した美しい情景の記憶が大きく影響していた。
「ライトグレー、ブルーグレー、ダークグレーというニーチェアエックス Shikiriの3色は、ノルウェーの写真家が撮った水墨画のように美しい、霧の中にある森の写真からインスピレーションを受け、そこを基に組み立てていきました。異なるカラーが隣り合わせで使われた時に調和するために意識したのはデンマークとドイツの国ざかいにあるHøjer(ホイヨー)という小さな町での体験です。冬の冷たい空気の中、空を覆うグレーのグラデーションの雲間から見えた、虹色と黄金が混ざったような幻想的な空の色合いが記憶に鮮明に残っています。そこから、Shikiriの3色に共通の色糸を忍ばせて織り込むことで、他のカラーと共に使っても違和感のないバリエーションを作りました。一方で、模様を考える際にヒントにしたのは日本の寺社仏閣や伝統的家屋に見られる、床、壁、天井にあるさまざまな格子模様の調和による美しさです。そこでニーチェアエックス Shikiriではそれぞれのカラーごとに違う格子柄をあて、3つ合わさった時に更なる美しさが生まれるようにと考えました」
世界に届けたい、ニーチェアエックスのある暮らし
実際に自宅でもニーチェアエックスを愛用しているというJensさん。彼の友人たちにもその魅力は伝わっているようで、自宅に招くとまずは最初にニーチェアエックスに座るという人もいるのだそう。だからこそ、彼が手がけたこの住宅のインテリアにニーチェアエックスを導入したのはいたって自然なことだった。ニーチェアエックスと彼の建築の共通点についてさらに続ける。
「ニーチェアエックスは折り畳めるからスペースを取らないし、簡単に運べるので場所も選ばない。このニーチェアエックス Shikiriには3色のバリエーションがあってインテリアに合わせてシートを付け替えられる。とてもフレキシブルなところがいいですよね。そして機能的でリペアができるところも、この家と共通する点だと思います。ロングライフという言葉を体現しているのではないでしょうか」
家主のHannaさんも、Jensさんと一緒にニーチェアエックス Shikiriに腰掛けておしゃべりをしたり、場所を変えて外に持ち運んだりしながら、お気に入りの様子だ。
「思っていたよりもずっと座り心地がよいですね。シンプルなラインのフォルムも素敵です。以前住んでいた家は黒い家具が多かったのですが、この家ではピースフルで落ち着ける雰囲気を作りたかったから、ナチュラルなトーンを意識したんです。このチェアは、そんな我が家のインテリアとの相性もいいなと思っています」
今回初めてJensさんが手掛けたデンマークの住宅を訪れ、自身がデザインした椅子が暮らしに溶け込んだ様子を目にした河東さんも、改めてニーチェアエックスの魅力を語ってくれた。
「以前よりJensから彼の建築における思想を聞いていて、ニーチェアエックス Shikiriとはとても世界観が近いと感じていました。そして今回ついに、その2つが共存する空間を訪れ、実感することができました。天井から差し込む太陽の光や大きな窓から見える草原、雨でも外を満喫できる屋根のある大きな縁側など、周りの自然と共にある建築ですよね。当初、ニーチェアエックスは小ぶりで視覚的にも軽いため、この家の他の家具に合わせると、少し浮いてしまうようにも感じていたんです。しかし、環境保護でも先進的な取り組みを行なっていて、国民の意識も高いデンマークだからこそ、素材を多く使わず、リペアをしながら長く使い続けられるニーチェアエックスが、これからの暮らし方に合う新しい家具のあり方なのではないでしょうか」
ニーチェアエックスのデザイナー新居 猛はデンマークの家具デザインからも大きな影響を受けていたと言われており、また後にブランドの監修を務める島崎 信氏はデンマーク王立芸術アカデミーの研究員としてデザインを学んでいた、その過程で2人は出会った。そしてさらに島崎氏が名付けたNychair (ニーチェア) という名前は、デンマーク語で「新しい」を意味する「Ny(ニュイ)」をかけ合わせていることから、デンマークと日本、ニーチェアエックスには誕生当時から深い縁があるようだ。
そしていま、50年以上の時を経てデンマークの暮らしに自然に馴染むニーチェアエックスの姿がある。長い時間の中で、日本とデンマークが影響し合ってきたことを、Jensさんの建築と河東さんによるニーチェアエックスShikiri、そしてそこに暮らす人たちの出会いで再認識した今回の訪問。これからもデンマークのみならずさまざまな土地や人と、あたらしい気づきを得ながらニーチェアエックスが大切にしてきたことを伝え、未来へとつなげていきたい。