福井市の中心市街地をつらぬくように流れる河川。その両岸には緑が生い茂り、見上げる空には綿をちぎったような雲が、刻一刻と形を変えながら浮かんでいる。 そんな気持ちのいい眺望に魅せられて、川沿いの集合住宅に鯖江市から引っ越してきたのがデザイン事務所・TSUGI(ツギ)を営む新山 直広さんと悠さん、2才になる娘さんの3人(と黒猫が1匹)の家族だ。
「一番の決め手は、この眺めですね。スコンと抜けていて、ベランダでゆったりとくつろげる感じがいいなと思って。子どもが生まれて引っ越そうと、1年半ぐらい探してやっと見つけました。もともと僕も奥さんも大阪で団地暮らしだったこともあって、福井で家を建てるイメージが沸かなくて。いざ、分譲マンションを探してみると市内に選択肢が数えるほどしかなかったので、大変でしたね(笑)」。
そう話すように、もともと新山さんは大阪府出身。建築を学んでいた大学4年時に「河和田アートキャンプ」というプロジェクトに参加したことがきっかけで、卒業と同時の2009年に福井県鯖江市へ移住。まちづくり会社を経て鯖江市役所で3年勤務した後、2013年にTSUGIを発足した。
「“まちづくり”をしたくて鯖江市に来たけれど、福井県は眼鏡や漆器に代表される“ものづくり”のまちだから、そこが元気にならないと地域は元気にならないということに気がついたんです。じゃあ、自分に何ができるかと考えたときに、この街に足りない要素は『デザイン』と『売る力』だった。僕自身、デザインは独学でのスタートだったので、デザイナーとはこうあるべき! というものもなくて。まちのデザイン事務所として必要なものを付け足していくうちに今のようなスタイルになっていました」。
“地域の魅力を見つけ、 新しい価値をつくる。
インタウンデザイナーという働き方”
TSUGIが手掛けるのは、ブランディングを含めたグラフィックデザインをはじめ、自社ブランドの展開、全国の商業施設で福井産品を販売する行商ショップ〈SAVA!STORE〉の運営と多岐にわたり、2015年からは工房を特別に開放しものづくりの現場を見学・体感できる産業観光イベント〈RENEW〉を毎年10月に開催している(2021年度は延期、翌年3月の開催を予定)。
「ものづくり、特に工芸品って置いてあるだけでは本当に売れない業界。だからこそ、僕は『共感性』をいかに作るかが重要だと思っています。もちろん良いものを『つくる』ことも大事なんだけれど、それ以上に『伝える』ことだったり、共感をもってもらうための努力が必要。それがつくり手だけでは難しいようだったら僕らみたいなデザイナーが入ることが、これからの時代には合っているような気がしています」。
そんな彼らが自ら体現して、提唱しているのが『インタウンデザイナー』という働き方だ。「その土地に最適化したデザイン事務所のモデルを確立したいと思っているんです。基本的にデザインの仕事は東京や大阪のような都心、消費地に必要であると言われがちだけれど、地方の産地にも、地域の課題やあるべき姿をデザインを通じて考えられる人たちがいるといい。例えば漁業のまちだったら海に特化した事務所があって、どんな網をデザインしたら漁獲量が上がるのか、みたいなことから一緒に考えるとか!そんなデザイン事務所が増えたら極端な話、国力があがるんじゃないかと思っています」。
新山さんにとって思い出深いプロジェクトのひとつ。捨てられる野菜や果物からできた紙文具ブランド「Food Paper」。つくり手である越前和紙の老舗「五十嵐製紙」の息子さんの自由研究をヒントに、伝統的な手漉き和紙の技術と食べ物という、ありそうでなかった組み合わせの新たなアイテムが生まれた。
“ものづくりの最愛性。
大事なのは、飽きがこないこと”
新山さんが、日頃から大切にしていることは「あまり、背伸びしすぎないこと。普段の立ち居振る舞いや見せ方も裏表がない、正直にやる、身の丈以上のことはしないとか。それはインテリアなどを買うときも同じ。高いものが何でも良いのではなくて、安いものにも安いなりの面白さもある。そういった親しみやすさという部分で、ニーチェアエックスには惹かれるものがあったのかもしれないですね」。
その“共感”は、ニーチェアエックスの生みの親・新居 猛の哲学にも通じる。新居は「座り心地を落とさず、とにかく安く、道具のように役に立ってこそ椅子」という信念のもと、折り畳み椅子にこだわってその生涯をデザインに捧げてきた職人だ。「僕らもデザインの仕事をする上では、売ることまで考えられるかということを大切にしています。だから、例えばパッケージのデザインをするときも、機能性・コスト・流通のしやすさなど、いかに総合的に設計されているかという点は気にしていますね」。
「あとは、ものづくりの最愛性という視点も。世の中には手軽なものや便利なものが溢れているけれど、一方で長く使えることだったり、その時間の中で愛着が芽生えていくことって大事ですよね」。
その“最愛性”への眼差しは、新山家に迎えられたインテリアからも感じられる。「一見してジャンルがあまり決まっていないんですけれど、大事にしているのは『飽きがこない』こと。なんとか風とか流行りのものではなくて、10年、20年後も長く愛せるかっていう視点は意識しています」。
“ファブリックとしての美しさ、
ほのかに感じられる日本らしさ”
「ソファーは〈カリモクニュースタンダード〉のもの。これよりも長いタイプにするか悩みましたが、一台ドン! とあると存在感が強くなる気がして。代わりにニーチェアエックスを一台置くことにしました。ニーチェアエックスのいいところは、コンパクトで、軽くて持ち運びやすいところ。ハイバックのソファのように頭を預けられるのも良いですよね」。
色・柄も数あるニーチェアシリーズの中から〈Shikiri〉を選んだのは「適度に、和にも洋にも合うと思ったから。ファブリックとしてのデザインとしても美しいし、パッと見たら北欧っぽいのだけれど、コンセプトを見てみると『障子』や『襖』だったりと日本らしさのようなものも大切にされていて、そういうところも気に入りました」。
「まだ使いはじめて半年ほどですが、座っているうちに腰まわりが柔らかく、馴染んでくる感じが良い。奥さんと僕でどっちが座るというルールはないんだけれど、先に座った者勝ち。気がつけば娘が座っていることもあるし、家族みんなのお気に入りです。
僕ね、結構ここで寝落ちしちゃうんですよ。一日の終わりにニーチェアエックスに座りながらビールを飲んで、そのまま(笑)。これから使い込むうちに、もっとニーチェアエックスの魅力に気がついていくんだろうなあ」