日々の暮らし

ニーチェアエックスの
ある暮らし

本間 良二さん
スタイリスト/〈The Fhont Shop〉オーナー/〈BROWN by 2-tacs〉のデザイナー

そこではすべてが調和している。自然と人と動物、部屋の内と外、新しいものと旧いものがフラットに共存する場所。訪れたのは、スタイリスト・本間良二さんが家族と住むもうひとつの拠点、神奈川県・丹沢の家。東京・中目黒のショップ『The Fhont Shop(ザフォントショップ)』のオーナーでありブランド〈BROWN by 2-tacs(ブラウンバイツータックス)〉のデザイナーを務める彼は、月の半分を東京で、もう半分をこの丹沢の家、通称・山の家で過ごしている。

2Fのリビングにて。冬には暖炉を囲み、読書をしたり家族や友人と談笑したり……
そんな光景にもニーチェアエックスがよく似合う。

“山の家と東京の家
5年目になる二拠点生活”

「ちょっと広すぎだよね」と本間さんが笑うその場所は、800坪もの広大な敷地。見渡す限り、緑と空。リビングの大きな窓を開放した先には何もなく、雨上がりのタイミングもあいまって、新緑の季節を迎えた木々が生き生きと美しく目に映るのみ。30年程前、とある画家が建てたというこの家は、本間さんが3代目の家主。2018年の夏、山林物件探しに没頭していた時に見つけた。二拠点生活をスタートしたそのタイミングにこそ大きなきっかけはなかったが、山の暮らしへの興味は作家の故・田渕義雄さんの影響が大きいという。田淵さんは、10代より登山やキャンプ、釣りなどのアウトドアライフを送ったのちに40代で標高1400メートルの金峰山北麓の山里に移住。半自給自足生活をおくりながら、薪ストーブ研究、家具製作などにも長け、専念していた方だ。

「昔から山登りが好きなので、山からはいろんな影響を受けてきましたが、田淵さんは僕がやりたい暮らしをすべて当時から実践していた方。椅子づくりを教えてくれたのも田淵さんで、彼は長野県の川上村で半自給自足生活をしていました。その暮らしを取材をさせてもらったり、椅子の製作や養蜂、庭や畑仕事の手伝いから家の補修、街へ買い出しに行く際の運転手など、なんでもやっていました。田渕さんはあまり多くを語るような人ではありませんでしたが、疑問に思ったことを質問するといつも丁寧に教えてくれました。この時期の経験が今の生活に大いに役立っていて、だんだん自分でも山の暮らしのことを現実的に考えるようになったんです。僕は生まれは港区で育ちは品川区。東京以外の場所で暮らしたことが一度もありませんでした。だから地方から上京してきた人たちと比べるとハングリーさが欠けているなっていう気持ちはあったんですよね。何の縁もないところから生活をはじめることへの憧れもあったのかもしれないです」

実際に田淵さんに教えてもらったという、本間さん自作の椅子。

東京では人と会うことが主な仕事なので行く際はまとめて予定をいれて、それが終わると山にこもる。山の家では商品の撮影をしたり、原稿を書いたり、今時期は庭の手入れをしているとあっという間に1日が過ぎる。慌ただしくも、「丹沢と東京の半々で過ごすことで生活にメリハリがつきましたね」と、本間さん。服のアイデアを思いつくと、実際にミシンで縫って作ってみては修正を重ねる。その感覚と同じように、山の暮らしでも思いつくままに椅子や道具、野菜づくりなどのDIYを楽しむ。そんなライフスタイルが、これまでの服作りに変化や新たなインスピレーションをもたらしているのかもしれない。

家の裏にある木工作業スペース。
木材や道具が並び、思いついたらすぐにここでの作業がはじまる。

「山での暮らしでは、タフなものが求められますが、ファッションの流れから見ると今はそうではない。僕のブランドの主力アイテムにメリノウールのTシャツがあります。アウトドアブランドではメリノウールのTシャツというのは元々ある快適な素材なのですが、動きやすくするためにとてもタイトにできているので、街にも自分のワードローブにも合わない。そこでメリノウールという素材を活かしながら、デザインを全て変えて、普通のかたちのTシャツにしてみたんです。そしたらそれがうけたっていうことも。だから山の暮らしとファッションは必ずしも完璧にリンクはしていないかもしれないです。だからこそ、うまくツイストさせてどういう生地でどういうマテリアルにしていこうかなと考えるのが楽しいですね」

「こんなものがあったらいい」と思うものはすぐに自ら手を動かして試作を重ね、
製品化するものも多い。このエプロンもそのひとつ。

“2つの家を行き来する
ニーチェアとの過ごし方”

リビングでもデッキでも、ずっと昔からこの家にあったかのように佇む3タイプのニーチェア。どれもこの山の家用の家具や調度品を探していた時に、出会ったものなのだそう。

「最初に買ったのはニーチェアエックス80。ニーチェアは、昔の建築系の本や写真集でたまたま見たのが最初だったと思います。建築家のアントニン・レーモンドが好きなのですが、ニーチェアも彼の建築スタイルに通ずるというか。古くはないんだけどノスタルジーも感じるようなこのデザインに惹かれました。存在はずっと知っていたんですが、実際に座ったことはなくて。でも、家の中でも外でも使えるなとか、持ち運びが楽で、デッキで焚き火をする時にもいいな、などと思っていたところに、たまたま骨董屋で80とオットマンをセットで見つけました。そこからどんどん探すようになって、次に買ったのがニーチェアエックス。深い座り心地がすごくよくて、リラックスする時はこれですね。日頃、座っていたと思えばすぐ作業しに立ったりして落ち着きがないんで(笑)、僕には80の高さがちょうどいいかな」

そう言って本間さんがニーチェアエックス80に腰掛けると、いつものように愛犬・七男(ななお)が後を追って一緒にチェアに座るという、なんとも微笑ましい光景が。

本間さんが最初に買ったニーチェアエックス80。使い込まれたファブリック、
手縫いのリペアの跡が味わい深く、この場所に馴染んでいる。

音楽を聴いたり読書をしたり、犬と座ったりガレージに置いてタバコを吸ったりと、まさに日常のさまざまなシーンに寄り添いながら、本間さんとともに椅子も東京と丹沢を行き来しているのもおもしろい。

「どれが山の家用でどれが東京の家用かは特に決まっていないです。むしろ今回の取材で初めて、3脚すべてがここに揃いました(笑)。特にニーチェアエックス80とヤングは、小ぶりで東京の家にちょうどいいサイズ感。持ち運びも楽だし、初めて折り畳んだ時は感動しました。座面のファブリックが破れてきたら東京に持って帰ってリペアして、またこっちに持ってくるっていう感じです。ニーチェアは本当に丈夫。綾織ですごくいい生地だけれど、山の家のような過酷な環境でも使っているので、どうしても劣化してしまう部分がありますよね。最初はいろんなあて布で補強したんですけど、最近はレザーに行き着きました。こうやって何か不具合を感じたら直しながら使っていくことが楽しいんです」

1980年代製と推測されるニーチェアヤング(現在は生産終了)は、どうしても欲しくてオークションで落札したのだそう。購入時はファブリックがボロボロに劣化していたので、自分でリペアをして使用しているというのも本間さんらしい愛着だ。

“「シンプルかつ自分で直せるもの」
山暮らしで再認識したものの選び方”

本間さんがニーチェアを愛用していることを証明するかのように、椅子のところどころに施されたリペアの跡。彼自身が試行錯誤しながら、手作業で行われたものだ。そのさまに、たくさんのものを見、扱ってきた本間さんがたどりついたもの選びの真髄がある。

「“シンプルで自分でも直せるもの”が、ものを選ぶ際のモットーです。その基準は、昔と比べて大きくは変わっていないけれど、山の暮らしをはじめてからよりこだわるようになった気がします。ただ良いものはメンテナンスがちょっと面倒ですよね。例えば包丁は、全部がステンレスのものよりもちゃんと鋼を貼り合わせた包丁の方がよく切れる。でも、水気をとらないと錆びてしまう。これは自分が木工で使う刃物にも言えることで、作っている作品と同等に道具も大切にします。永く使い続けることを意識するようになりましたね。シンプルで良いものは素材や構造を理解して使えば、すごく長持ちするロングライフなものが多いと思うんです」

手入れされた道具が並ぶキッチン。庭で摘んだ季節の花が彩りを添えている。

山の家での暮らしであらたに加わった、これからのロングライフなアイテムも紹介してくれた。 「フランスの〈ルシャモー〉というブランドのラバーブーツですね。山暮らしには長靴が必要だなと思い、探して見つけた一足です。外側は天然ゴムを使っているからどんなに寒くても固まらないし、内側のカーフレザーが湿気を吸ってくれるので、すごく履き心地がいいっていうハイテクなようで実はすごくローテクなところも気に入っていて。同じブランドでもいろんな種類があってこれは最高峰モデルなのですが、日本では販売していなかったので海外通販で手に入れました。10万円くらいしたので清水の舞台から飛び降りる気持ちで緊張したんですけど(笑)、4年経ってもかっこよくて結構ハードに履いても丈夫だし、やっぱり買ってよかったと思っています」

本間さんが山の家で愛用している〈ルシャモー〉のラバーブーツ。

自身がこだわるものを選ぶ際のモットーについて、「手に入れたものに対しての責任のような感情」と本間さんはたとえる。どんなに愛着があって手に入れたものも、放っておくといつのまにか劣化していて、複雑な構造だと修理が困難なこともある。そして多くを持つと、ひとつに対してかける責任は薄れてしまう。ものだって、人間や山の木と同じなのかもしれない。手をかけ、時にメンテナンスをしているからこそ生きていける、つまりは長く使い続けられるのだ。この山の家で感じた「調和」は、ここにあるすべてが彼のモットーのもと選ばれ、どれも同じだけ手入れされているからなのだろう。「考えながら手をかけていくことが楽しい」と本間さんが何度も言葉にしていたことが印象に残る。

「今後? やりたいことは思いついたらすぐやっちゃうからないかな(笑)。あ、でも日当たり問題を解決するために木を切ろうかと目論んでいますね。今年鹿に荒らされてしまった畑もまた育てています」

本間さんの二拠点生活は、これからも日々忙しくも楽しく続いていく。

Ryoji Homma

1975年東京生まれ。スタイリストとして活動をするとともに、1998年古着の再生をテーマにしたブランド〈2-tacs〉をスタート。2007年には中目黒にショップ『The Fhont Shop』をオープン、翌年には新ブランド〈BROWN by 2-tacs〉をスタートする。2018年より丹沢の山林を入手し、東京との2拠点生活を送っている。

The Fhont Shop https://2-tacs.shop-pro.jp/